バスリズム

帰るために、駅からバスに乗った。

歩いて帰れる距離だから普段は乗らない。あとそのバスというのがまあまあ人気の系統で、それの始発だからわりと混んでいる。まあまあ人気の理由は、実はそこまで遠くない2つの駅を結ぶからで、そういう「なるほど系」のバスいいよね。あっ意外と近いんだあ、みたいな。あっそんな顔で笑うんだあ、みたいな。だからそのバスはとても混んでいて、駅を降りるといつもあたらしいiPhoneの発売かなってくらい列が伸びている。10年くらい住んでいるから、あの列が本当にあたらしいiPhoneの発売だったこともあるかもしれない。iPhoneの格好してる人を見た気もしてきた。

その日は子供がライフワークであるところの無駄な動きをいっぱいして疲れていたから、親子でその長い列に並ぶことにした。先に子供がステップを上がり、子供用SuiCaをかざすと、運転手が「っしゃ~せ~?」と言ってきた。語尾が上がる感じの「っしゃ~せ~?」をバスで言う人居るんだ、珍しいな、前世は居酒屋かしら。前世まで遡らなくてもいいわ。前職でいいわ。みたいなことを考えつつ自分もSuiCaをかざすと、運転手が「っざいま~す」と言ってきた。今度は語尾を下げてきた。

あれっ? と思って座席に座ってなんとなく運転手の挨拶を聞いていると、というか運転手の挨拶はマイクを通してバス内に響くので聞かされているに近いのだけど、どうやら「っしゃ~せ~?」と「っざいま~す」を、乗客に対して交互に言っていることが分かってきた。「ピッ」「っしゃ~せ~?」「ピッ」「っざいま~す」「ピッ」「っしゃ~せ~?」「ピッ」「っざいま~す」 と謎のリズムが出来てくる。バスドラム踏みたくなる。ドッ・ドッ・ドッ・ドッ・ピッ! らっしゃ~せ~? ピッ! っざいま~す。奥に~詰めて~ください~奥に~詰めて~ください~すみません~SuiCaチャージお願いします~ピッピッピッピッピッ! らっしゃ~せ~? ピッ! っざいま~す。僕なんかはもう身体揺らしてバスリズムに預けてますから 。多分他の乗客もそうだったと思う。発車していないのにピンポンが鳴った。

ところが、せっかく良い感じで来ていたのに、運転手が「っしゃ~せ~?」を2回続けてしまった。違うじゃん! そこは「っざいま~す」じゃん! とバス内全員思ったと思うんだけど、僕はなんとなく理由が分かって、この運転手、最後の人を「っざいま~す」にしようとしている。というのは、僕、外を眺めて乗客の数を数えていて「っしゃ~せ~?」で終わるなあ、やだなあ、と思ってたの。気持ち悪いでしょ。いや、僕がじゃなくてよ。「っしゃ~せ~?」で終わることがよ。例えば「吸って~?」「吐いて~」「吸って~?」で終わったら気持ち悪いでしょ。その後を肺がパンパンのまま過ごすとか嫌でしょ。やっぱり下がって終わったほうが締まる。それで「っしゃ~せ~?」 2回続けたとき、あっ帳尻を合わせてきた! と。

帳尻の合わせかたも良いと思った。最後に困ったように「っざいま~す」 を2回続けるのではなく、自ら早いうちに解決するのはかっこいいと思う。僕はこの方法に全面的に賛成で、具体的には僕は階段を一段抜かしで上っていて「あっこの階段奇数だ!」と気づいた瞬間にそこで1段上って帳尻を合わせることにしている。最後に余りに気づくのは愚か。 前に気づいて解決しておくほうが断然スマートだと考えている。 僕の階段の上り方はかっこいい。 だから僕はこの運転手の考え方が分かるし、とても心地良い。

そうして列がどんどんかっこいいバスに飲み込まれていって「っしゃ~せ~? 」「っざいま~す」「っしゃ~せ~?」ときて、最後の一人。「っざいま~す」で正しく終わる、そう信じていた、そのために今までやってきたのに、なんと運転手から出たのが、連続の「っしゃ~せ~? 」

おい! 「っざいま~す」で締めるためにさっき泣く泣く2回 「っしゃ~せ~? 」 やったんじゃないのか! しかもまた2回 「っしゃ~せ~? 」 ってどういうこと? あれ、まだ残ってんの? と外を見ると、バス停にはもう誰も並んでいないけれど、駅の階段を一生懸命降りているご婦人が見える。あの慌てぶりは、確実にバスに乗ろうとしている。なるほど。あれで締めるつもりかあ。

いやあ、これは難しい。流動的なバスの乗客で 「っざいま~す」 で締めるのは難しい。いやあ、運転手さんよ。今回は失敗だな。でもさあ、楽しそうなことやってるじゃん。僕はそういうの好きだぜ。

ご婦人に 「っざいま~す」 と言ったあと、ドアが閉まった。あと一人階段を駆け下りてた人を乗せなかったのは、これ以上リズムが乱れることに耐えられなかったからだと思った。