「ウェー!」
「へー!」
「Wow! Absolutely amazing!」
「これがあの……なるほどねえー」
「これは……いいですぞッ!」
ドアの向こうめちゃくちゃ盛り上がってる。CTってこんな盛り上がるものなの?
「16番の方どうぞ」
「あ、俺か、はい」
「確認のためフルネームと生年月日をお願いします」
「近藤悟、昭和63年8月12日です」
「はい、大丈夫です。では中へどうぞ」
「あれっ、人少ないんですか?」
「えっ、どうしてですか?」
「さっき廊下で待ってたら、中からなんかすごい歓声みたいなのが聞こえたので、いっぱい人が居るのかなーって」
「あーちょっとみんな立て込んでてあの奥のパーテーションの裏に居るんです。ではここに横になっていただいて」
「あ、そうなんですね……わっ冷たっ!」
「あっ、えっ、冷たかったですか」
「っていうかこの台、水たまりすごくないすか。CTって濡れてるの?」
「あーっすみません! 吉田くん!? 拭いておいてって言ったよね? 吉田くん? もーぜったいあっち行ってるわ、すみません、今拭きます」
「あとなんか臭い? あ、この水だ、くさっ! なにこの水?」
「すみませんすみません」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ? じゃなしに、どういうことなんです?」
「すみません、近藤さんの前の受診者様がちょっとそういうタイプの方で」
「タイプ。あ、えっ、そうなんですか。そういう病気なのかな、それはあんまりね、言えないですね、なんかすみません、それなら仕方ないです大丈夫です」
「すみません、ご理解いただきありがとうございます、ちょっと拭きますので」
「はい」
「ほらみろ、脊柱がしっかり写ってるじゃないか! これはすごいぞ!」
「おお~!」
「なんか、パーテーションの向こう、盛り上がってますね」
「え、はい、そうですね」
「前の患者さんのCT画像で盛り上がってるんですか?」
「あー、そうかもですね」
「え、じゃあ僕のもなんかあとで盛り上がっちゃったりするんですか?」
「それは無いですね」
「無いんだ」
「はい、無いです」
「即答じゃん。えっ、えっじゃああの盛り上がりは何なんですか?」
「あー、珍しいんですかね」
「珍しい」
「多分。あ、ちょっと待ってくださいね」
「吉田君、なんで行っちゃうの? 代わってよ、私だって見たい!」
「え、だって俺はまだ資格持ってないし、技師の小川さん居なきゃまずいっしょ」
「はあ~!? あんた覚えてなさいよ!」
「あっおまたせしました」
「なんか……あっち、忙しいんですか」
「いや、そういうわけじゃないですけど近藤さんのCTちゃっちゃと終わらせますね」
「ちゃっちゃと」
「では、手を胸の前でクロスしていただきましてあとは足を伸ばしてください金属類はつけてないですよね」
「めっちゃ早口。こうですか」
「はい大丈夫です」
「あのちょっとすみません、なんだろ……この機械まるごとっていうか、なんか、めっちゃ生臭くないですか?」
「あー、吉田……! やっぱりそうですよね、申し訳ございません」
「あ、これもやっぱり前の患者さんの?」
「そうなんです」
「体質?」
「体質、ですかね。でも死んでるから体質っていうのかな……」
「死んでる?」
「あ、特徴ですね。特徴」
「特徴、あ、やっぱりそういう方なんですね、だったらいいんです。それは、こう、仕方ないですよね」
「そうなんです、すみません」
「特徴なら何にも言えないすよ」
「すみません、少しご辛抱いただければ」
「生きた化石を輪切りにすることなく構造を把握するなんて世界初ですよ!」
「冷凍とはいえ個体そのものが貴重だからな!」
「あの」
「はい?」
「僕の前、もしかして、シーラカンスでした?」
「ん?」
「シーラカンス、ここに寝てませんでした?」
「あー」
「どうなんですか?」
「寝てたか寝てないかで言えば、寝てましたねー」
「やっぱり」
「でも生きてないです。冷凍ですよ」
「冷凍だと何なんですか。っていうかさっきの水たまり、シーラカンスのちょっと溶けたやつかよ! えー? なんでそんなことになってるんです?」
「いま国立博物館の展示にあわせてシーラカンスの冷凍個体が博物館に貸し出されていまして」
「は?」
「展示物を担当している海洋学者の方が冷凍シーラカンスの CT を撮って掲示することを思いついたんだそうです。シーラカンスのめずらしい体内構造をあきらかに出来ると。それでその教授が人間ドックの予約をしてCTの順番を取って、冷凍個体を担いで並んでいたものですから」
「えっ、飛び込みでシーラカンス持って来たんですか?」
「生年月日がデボン紀だったんで、我々も薄々気づいてはいたんですけど」
「いやシーラカンスっていう種がデボン紀から居るってだけで、そいつ自身がデボン紀から生きてるわけないですよね。生きてる化石の意味履き違えてない?」
「……」
「無視!? それで、なんでそんなん受けちゃうんすか」
「診療放射線技師になって数年が経ちました」
「なんですか?」
「もちろん、 受診者様の隠れたリスクを拾い上げる仕事に誇りを持っています。しかし、何でも写っちゃうこれを、人体だけに使うのは……もったいないと思いませんか?」
「え? そうですか?」
「お米を炊くだけの炊飯器、別のことに使ったことはありませんか?」
「あるー! カステラ作ったことあるー!」
「そういうことです。最初はコンビニ各社のシュークリームを並べてスキャンしました。これがそのときの写真です」
「あっ、意外とファミマがミチミチにクリーム入ってるんだ」
「そうですね、これはウチカフェシリーズのたっぷりクリームダブルシューです」
「あー、これは、いろいろ撮りたくなりますね」
「そうなんです! これまでにもいろいろ撮ってきました。福袋の中身、袋とじページ、看護師のぬいぐるみをスキャンしたら盗聴器を見つけたこともあります」
「おわー、やっぱあるんだね、そういうの」
「そんなときでした。シーラカンスがあっちからのこのこ歩いてきたのは。我々に撮らないという選択肢はありませんでした。シーラカンスのCTスキャンなんて、もう二度とチャンスは訪れないでしょう?」
「まあ、そうですね」
「そうです」
「分かりました」
「分かっていただけましたか」
「ウオー、これが頭蓋骨の関節!」
「シーラカンスの謎のひとつですね!」
「あっはやくここに横になっていただいていいですか撮りますのではいじゃあ撮ります金属類はつけてないですよねはい撮ります」
「あんたもあっちのに混ざりたい混ざりたいになってるでしょ」
「このボタンご自身で押していただいていいですかここからビーって写真出てくるんで持って帰ってください証明写真の機械とだいたい一緒です撮り直しもできます」
「そんなわけあるか」
「おいマジでやらすな」
「おいー!」
「ほんとだ浮き袋ないんすねー」