あたらしい給湯器

ちょっと前に給湯器が壊れた。我が家は賃貸契約であるから大家に言うとなんとかしてもらえる。ず~っとこのゆりかごの中で暮らした~い!

管理会社に電話をしたのは僕ではないので細部のニュアンスは分からないけれど、修理かと思ったら古すぎるということで即交換が決まったらしい。果たしてお金1円も払わないのに業者がスッとやってきて、最新、最新かは分からないけど、まあまあ新しいだろ、そういう感じの給湯器を取り付けてくれた。人生イージーモードだ! このお金は敷金とかで賄ってんだろうか、細かいことは分からないし大家ももちろん損はしてないんだろうけれど、今この刹那、僕は1円も払っていないという感覚はすさまじく心地良いな。王の感じがする。お金払わずに何かできるのは、王くらいじゃないか。それで言うとスーパー銭湯とかによくある館内のもの何でも買える腕輪、あれもすさまじく心地よい。目の前の人が一瞬タダ働きしている感覚があって、わたあめとか、実はそこまで食いたくないのになんかぐるぐるさせてすみませんねえ……ぺろぺろ、残しちゃお、みたいな。

それはいいんだけど、先述したとおり、その壊れた給湯器というのがとても古いものであったらしく、機能が「追い炊き」のみだった。のみだった、というのもおかしくて 「追い炊き」というのは僕の中では結構なステータスで、12年前ここに越したときには「遂に追い炊きが出来る家に住んだったわ!」と思ったし、追い炊きも「はい、あなたにはその資格があるのですから」みたいなことを言ってた気がする。

追い炊きのために、湯船には追い炊き用の穴が空いている。給湯器の「追い炊き」ボタンを押すと、湯船の穴から冷めた水が一旦抜けて、熱くなって出てくる。 給湯器は、湯船の追い炊き用穴と協調して動く。

給湯器と湯船で構成されたシステムだと認識している。今回は湯船はそのままであるから、新しい給湯器とはいえ「追い炊き」以上の機能を全く想像しておらず「これで温かいお風呂に入れるねー」みたいな、そういう純粋な希望のみ抱えていたのだけど、設置されて驚いたのは、新しい給湯器には「お湯張り」ボタンがあった。お湯張り。設定した湯量を自動でためて停止してくれる超絶便利機能。忘れて溢れる失敗がすべて過去になる機能。

いや待て。お湯張り機能は実家の風呂にあって便利に使っていたけど、あれはリフォームして風呂システムをまるっと変えたときについたのだった。一方で、うちの湯船はポンコツのままである。追い炊き用の穴しかない。前の給湯器と年齢が同じだとするとこの湯船はおそらく20年選手である。そのうち12年は我々が使っているけれど。お風呂で使えてすぐ消えるペン、みたいなので子供達が湯船に落書きをした。全然消えなくて色味がヤバい感じになっている。大家さんごめん。いや、ペンも一緒に謝れよ。整列して。色相みたいな感じに並べ。お風呂で消えるっていう話、あれはどこからきたの? ペンの話はいいや。そんな古い湯船に、最新の給湯器が接続された。その給湯器には「お湯張り」ボタンがある。アデデデデデ~? プラプラリ~ン! ブォ~~~! 殿! 出陣でござる!

恐る恐る「お湯張り」を押したところ「120リットルのお湯をためます」というアナウンスのあと、追い炊き用としか認識していなかった穴からマーライオンみたいに湯が出てきてめちゃくちゃ笑っちゃった。 どういう仕組みだか知らないけど、循環しかできないと思っていた穴が、無から湯を吐いた。

お前! そんな芸当出来たのかよ! だってお前、追い炊き専用の穴じゃん! しかもすげえ融通効かない穴だったじゃん! 追い炊き中にうっかり湯を抜くと中がカラッカラになって「ピー!」とか言ってたお前が、いっちょ前にお湯吐くじゃん! 結果的に、うちの追い炊き穴は「お湯張り」「足し湯」「足し水」のコマンドを覚えた。

ところで給湯器メーカーとしては、お湯張り機能ってあとから思いついたんだろうか。新人が「風呂の追い炊き穴があれば自動給湯できないっすかね」とか言って「そ、それだ!」みたいな。もしそうだとしたらすごくわくわくする。なんというか、ハードの単機能、しかもすでに普及してしまった機能に、あとから新機能を巧みにかぶせたのだとしたら、これはすごい。既存のプラレールの線路を複線として使えるプラレールアドバンスくらいすごい。あいつすぐ脱線するけど。

20年前の追い炊き穴に、最新の給湯器が機能をかぶせる。これって何かの教訓にならないだろうか、と思ったけど、特に思いつかなかった。