唐揚げ屋

唐揚げ屋が増えてきた。唐揚げ定食屋も増えてるけど、小さな店舗でやる独立系の持ち帰り専門唐揚げ屋。あれに興味がある。唐揚げで勝負するという決断に興味がある。だって、特に今まで唐揚げに困っていて? 惣菜コーナーで買えるし、からあげくんも居る。今までどうにでもなっていた唐揚げを、専門にしてしまう、突進力なのか、唐揚げ愛なのか、香田晋が揚げ土下座をしてきたのかは知らないですけど、唐揚げでやっていくと決めた人たちが居る。何かそういう、力を感じる。うねりを感じる。そして、多分成功している。増えているということは。わしもわしもってなってる。みんなそういう情報どこで仕入れるんだろう。銭湯の飲食コーナー?

確かに唐揚げは提案されれば食べる。安い居酒屋で誰かが必ず頼むし、来たら食べる。もう一回アホな人が頼んでしまっても、誰も気づかずに食べる。多分もう一回くらい頼んでも、変な上司のネクタイ柄が迷路になってた、みたいな話で盛り上がりながらきっと箸を伸ばしてしまう。この唐揚げの無限性に気づいたかしこい人が居たのでしょう。人は唐揚げがあると食べるの法則。これがチーズチヂミだったらそうはいかない。「は? チーズチヂミ多くね?」2皿目のチーズチヂミは、チーズチヂミ警察にあっさり捕まる。

かくして唐揚げ屋という職業が誕生して、よろしくやっているわけだけど、ときに今って職業は増えているのか、減っているのか。必要なくなったり、機械に代替されたり、誰かが兼ねたりすることで、減る圧力はある気がする。一方で、かつて「白いたい焼き屋」なんていうブームがあったり、地下アイドル、おっさんレンタル、平和な世界では職業が増える気がする。

かつて水屋という職業があった、というのは五代目古今亭志ん生のCDで知った。「水屋の富」という、そのままの古典落語がある。江戸時代にはいろいろな職業があって、例えば耳かき屋みたいなのは当時から居た。面白いところでは、親孝行という商売があって、これは老人を労るとかでも何でも無く、「親孝行でござい」と言って人形を背負って歩く一人芝居のようなものだったらしい。何だそれは。職業なのか。ございじゃねえよ。大丈夫か。そういえば、江戸も平和だったのでした。

何の話でしたっけ。唐揚げ屋だ。持ち帰りタイプの唐揚げ屋は、のれんわけやチェーンもあるんだけど、独立系のお店も多い。それで、その、道行く人への「唐揚げ食べようぜ!」という提示の仕方に非常にばらつきがあって、今それが実に面白いのです。ある店舗では、店舗の壁全面に唐揚げの写真を貼っていた。壁一面に片思いの子の盗撮写真を貼る狂気の男、みたいな演出で見たことあるやつだ。そう考えると、恥ずかしい唐揚げのエロ写真に見えてくる。揚がる直前を盗撮したんだろうか。揚がる直前が恥ずかしいかどうか知らないけど。僕が唐揚げだったら恥ずかしいと思ったので。

ある店舗では、探求者みたいな風貌の男が、食べると幸せになる唐揚げを揚げていた。ひとつ食べると幸せに、ふたつ食べると何とか、って書いてあったけど、忘れた。何だろう。何でも良いか。多分ダブルピースとかです。

で、今日僕が行ったところ。ここは、速水健朗さんが言うところの所謂「フード右翼」で、壁に人生訓が貼ってあり、作務衣を纏い、若干高めから塩を振っていた。でもその所作は店に入ってから気になったことで、そもそもこの店で買うと決めてしまったのは、唐揚げを揚げる映像を店頭でずーっと流していたから。テレビがジュウジュウジュウジュウ言うの。これにはマジでやられて、あ、唐揚げ食べたいなって思って、そう、これは最高の提示ですよ。作務衣脱いで、ジャージでも売れますよ。自販にしても売れる。この唐揚げ動画すら売れる。

ただねえ、狭い店頭で、テレビが、ジュウジュウジュウジュウけっこう大きな音で言ってるもんだから、作務衣の説明がよく聞こえないの。あと、店内からはマジのジュウジュウが流れてくるから。ジュウジュウのステレオだから。

それで、え? はい? って2、3回聞き返していたのだけど、そしたら、作務衣が、店内の何かスイッチを切って、程なく店内のほうのジュウジュウ音が消えた。いま特に唐揚げは揚げておらず、そういうBGMだった。